横浜海軍航空隊の悲劇を聞きました

 JICA職員としてソロモン諸島に勤務した嬉さん

 10月の西柴夜話は、ソロモン諸島でJICA(国際協力機構)職員として造船の仕事に携わっていたことのある、嬉昌夫さんのお話でした。赴任した島ツラギは、多数の犠牲者をだした太平洋戦争で、中でも富岡にあった横浜海軍航空隊の部隊が玉砕し400人近くの隊員が命を奪われた地です。そこで嬉さんは日本軍兵士の遺骨の収集などにも取り組み続けたのです。
 お話は、航空隊のあった当時の根岸の様子や、根岸湾を発着する航空艇などの紹介から始まりました。なぜ日本軍はガダルカナル島に航空隊の基地をつくったのか、その基地が簡単に全滅したお話、アメリカが戦果の宣伝として使ったという死体が転がる写真など悲惨な戦場の様子。戦後、元隊員やボランティアの方々のお世話もしながら遺骨収集に取り組んできた様子などお話は続きます。最後は、「あおぞら市」や「学校」など復興したガダルカナルの現状について、子どもたちの笑顔の写真なども織り交ぜながら紹介されました。
 食事とドリンクをとりながらの交流会では、航空機に詳しい方のお話や、横浜空襲で富岡のトンネル近くに爆弾が投下された時のお話、嬉さんの活動に感銘を受けた感想、戦争時の体験や、戦友への思いなどが参加者からお話しされ交流を行いました。

2018年10月12日