西柴夜話

 

毎月第2木曜日に開催(19時~21時)

お隣りのご主人や奥様をお呼びして趣味や特技などを披露していただいています。軽食にお酒もちょっぴり入れながらの交流会です。 どなたの参加も歓迎いたします。参加ご希望の方は、
「さくら茶屋(045-516-8560)」までお電話下さい。

5周年夜話

西柴夜話

横浜海軍航空隊の悲劇を聞きました

 JICA職員としてソロモン諸島に勤務した嬉さん

 10月の西柴夜話は、ソロモン諸島でJICA(国際協力機構)職員として造船の仕事に携わっていたことのある、嬉昌夫さんのお話でした。赴任した島ツラギは、多数の犠牲者をだした太平洋戦争で、中でも富岡にあった横浜海軍航空隊の部隊が玉砕し400人近くの隊員が命を奪われた地です。そこで嬉さんは日本軍兵士の遺骨の収集などにも取り組み続けたのです。
 お話は、航空隊のあった当時の根岸の様子や、根岸湾を発着する航空艇などの紹介から始まりました。なぜ日本軍はガダルカナル島に航空隊の基地をつくったのか、その基地が簡単に全滅したお話、アメリカが戦果の宣伝として使ったという死体が転がる写真など悲惨な戦場の様子。戦後、元隊員やボランティアの方々のお世話もしながら遺骨収集に取り組んできた様子などお話は続きます。最後は、「あおぞら市」や「学校」など復興したガダルカナルの現状について、子どもたちの笑顔の写真なども織り交ぜながら紹介されました。
 食事とドリンクをとりながらの交流会では、航空機に詳しい方のお話や、横浜空襲で富岡のトンネル近くに爆弾が投下された時のお話、嬉さんの活動に感銘を受けた感想、戦争時の体験や、戦友への思いなどが参加者からお話しされ交流を行いました。

2018年10月12日

夜話最多登場、春風亭三朝師匠

 演目は「代脈」、「甲府ぃ」でした

CIMG1200  9月の西柴夜話は落語でした。話し手は西柴夜話最多登場の春風亭三朝師匠です。

 いつものよく通る声で参加者を噺に引き込みます。演目は二題、ちょっと間抜けな医者の弟子に伊勢屋のお嬢さんのところに往診に行かせるという「代脈」、甲府生まれの若者が江戸にでて豆腐屋の婿養子となり里帰りするお話の「甲府ぃ」でした。本編に入る「まくら」の話では、天候の話やお年寄りの日常生活を笑いに代えたり、後半ではグアム旅行の際に経験したある航空会社の機内食をとりあげ会場を沸かせていました。

 西柴夜話にはこれまで5回登壇いただいていますが、はじめて聞くという方も相当おりました。後半の交流会では「生の落語を聞けて良かった」「楽しかった」「先日テレビで師匠を拝見しましたよ」などの声が出されていました。質問もいくつか出され、屋号の解説もありました。落語界では屋号とは言わず亭号というようです。さらに同じ春風亭といっても(春風亭昇太と小朝の間には)一門の関係はないなどの解説がありました。

 すっかりおなじみとなった三朝師匠、今後とも西柴夜話への登壇をお願いして「第七回さくら茶屋寄席」は終了いたしました。

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2018年9月14日

直木三十五の波乱の人生を語る

 富岡長昌寺に眠る郷土の宝を知ってほしい 

 6月の西柴夜話は直木賞に名を残す作家「直木三十五」に関する逸話やエピソードについて、西柴在住・鎌倉ペンクラブ会員の西内俊秀さんに語っていただきました。西内さんはもともと読書家、あるきっかけから直木と触れ合い「直木は金沢区にとっての大作家、郷土の宝を知ってほしい」と活動を始めたといいます。
CIMG1114 直木の本名は植村宗一、植の名を分解したペンネームが直木、三十五についても解説します。明治24年に生まれから昭和9年に亡くなるまでの43年間の波乱万丈の人生やエピソードをスライドで示しながら紹介していきます。

 大阪生まれの青春時代、菊池寛との運命の出会い、年上の須磨子との同棲生活、複数の愛人と関係、派手な生活と借金でピーピー生活の様子、その借金が関東大震災でご破算になった逸話、映画にものめりこむが撤退などなど、波乱の人生が語られました。しかし時代小説家としては第一人者で多くの文壇人に影響を与えたといいます。それなのになぜ知名度が薄いのか、そこも西内さんなりに解説されます。亡くなった後に戦争が相次いだこと、注目される子供たちが若くして亡くなったなどなど・・・。更に、なぜ終の棲家を富岡に求めたのか。いろいろ憶測はあるようですが、時代小説家として数多くの逸話がある横浜の地を選んだのではというのが西内さんの説。
 その後料理を囲んでの交流会では、直木賞の由来や仕組み、映画とのつながり、無口な直木がなぜ6人もの女性にもてたのかなどの質問があり、参加者の感想も含め交流しました。お墓のある富岡長昌寺、また行ってみようそんな感想が出されていました。

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2018年7月14日

女性陣10名による詩吟の披露

10名に加え、急遽飛び入りもありました

CIMG1084 6月の西柴夜話は、女性陣10名に「詩吟」を披露していただきました。山下まり子さん(不識庵機山を撃つの図に題す)、長谷川伸子さん(幾山河)、久保田千栄さん(富士山)、岡本溢子さん(寒梅)、福田有美さん(山中にて幽人と対酌す)、玉井洋子さん(子等を思ふ歌一首)、高野功子さん(同じこころ)、栗山紀世子さん(名鎗日本号)、菊池弘子さん(雨ニモマケズ)、嶋慶子さん(夢 & 閑かさや)、その他、3名による合吟、全員での合吟がおこなわれました。多少時間に余裕もあったことから、急遽参加者で詩吟を習っているという方3名からの歌いもありました。

出演者の詩吟の経験は、数か月の方もおれば、何十年と積み重ねている方もおられましたが、それぞれが個性を活かし演じられていました。どなたも背筋をピンと伸ばし、姿勢を正して堂々と歌われ、みなさんから大きな拍手が送られていました。

 お料理やドリンクをいただきながらの交流会では、各々の経歴や詩吟を行うようになったきっかけなどが語られたり、詩吟の節回しを参加者全員で歌詞を見ながら歌ってみるなど、参加した方の中には詩吟に初めて触れる方もおられましたが、みんなで楽しんだ2時間でした。

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2018年6月15日

金沢八景は頼朝・家康ゆかりの地

 瀬戸神社宮司の佐野和史さんのおはなし。

IMG_0457大正・昭和初期の「金沢八景」の数々の風景写真を絵ハガキにしたものをスライドで紹介しながら、当時の様子や、現在との違いを解説していただきました。当時の写真は、すべて白黒ですが、絵はがきとして販売する際はそれに色を付けていたことから、紹介のスライドはカラー写真でした。埋め立て以前の風景や、野島に航空隊の格納庫があったことから野島運河がつくられたことなど、特に昭和一桁世代には懐かしい風景とお話しでした。

後半は瀬戸神社にまつわるお話、源頼朝がこの地の伊豆三島明神を祀ったことが起源であること、鎌倉から江戸時代にかけてお寺が果たした役割、徳川家康が「関ケ原合戦」を前に会津討伐のため大阪から江戸へ向かう途中この地に寄り、その後東照宮が建てられたこと、江戸城本丸御殿の襖絵には立ち寄った際に家康が絶賛した金沢八景の風景が描かれていることなどがはなされました。

食事・ドリンクを囲んでの交流会では、「瀬」や「戸」の由来、瀬戸神社のこれまでの歴史、瀬戸神社お参りの際の作法などの質問が出され、一つひとつ丁寧に解説していただきました。時間が限られていたことから、現在の八景の再開発問題まで話は至りませんでしたが、新たにできる公園に「家康ゆかりの地」として像建築の運動などがあるようです。今度瀬戸神社に行った際は「改まった気持ち」でのお参りになる夜話でのおはなしでした。

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2018年5月11日
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