京急好きの人、交流しませんか

 京急、創立120年、思い出話しませんか。

京急は2018年に創立120年を迎え、今年(2019)9月から品川駅から、横浜みなとみらい地区に順次本社の移転が始まるようです。書店には京急関連の本が何十種も並び棚を賑わせています。

 私は1936年、現在の金沢区に生れ、ずっと金沢に住んでいます。ですからどこに行くにも交通機関としては現・京急の(湘南電鉄)しかありませんですから、歴史の3分の2の80年は利用していることになります。戦前からの思い出は沢山あり、上大岡側の屏風ヶ浦とのトンネル入口で電気が消えたり(複電圧の切り替えですが黄金町と南太田の時代は知りません)、上大岡駅の下り側の切りかけホームとか、仲木戸での中線での急行追い越しとか、戦後の車輌不足による競合路線のない横浜以南の混雑ぶり、湘南電車ならぬ遭難電車といわれたり記憶にあります。何よりも1950年に国鉄が東京~熱海・沼津に湘南電車が運転された時には親しんだ「湘南」の名前を盗られたようで悔しかったです。S31年から40年4月までの10年間は通学・通勤では、品川まで毎日利用していましたので過去を懐かしんでも仕方ありませんがその頃の思い出は特にあります。
創立120周年になりますが、その折り返し地点である60周年の頃の資料が,私はコレクターではありませんが少しありますので振り返ってみたいと思いました。

京急60年の記念誌

京急沿線案内(まだ久里浜線の延長はない)

京浜急行社内誌の思い出話の記事(コピー)

鉄道友の会の60周年特集(RAILFAN53号)の表紙

鉄道ビクトリアルに掲載された私の(私鉄車輛巡り、京浜急行の記事)今見ると赤面の至りです

S34年12月(1959)に登場した初代の1000形竣工のパンフレット

S31年まで八つ山橋を出ると、北品川駅手前まで国道上を走っていました

S40年頃まで海水浴には電車の利用が多く、7・8月の日曜には品川~逗子海岸への(海水浴特急)が頻繁に運転されました(雨天運休)。沢山の海水浴帰りの乗客を乗せた品川行海水浴特急 S35年頃  金沢文庫ー能見台  三浦海岸は開通していません

前の写真と同じ現在地点(山が崩され、西友ストアと住宅地になっている

 思い出話、最近の話題など京急の話ならなんでも結構です。京急好きの人、一度コミュニュテイハウス「さくら茶屋にししば」にお話しにいらっしゃいませんか。私はボランティアでイベントのお手伝いをしており、ご連絡くださればお待ちしています。  梅木隆史

2019年8月30日